航空管制官を取り上げる作品の多くは仕事の内容にフォーカスしており、大体のテレビや映画はその活躍を描くものとなっています。空港と飛行機というダイナミックな映像と管制塔やレーダー室の雰囲気を織り交ぜて緊張感を演出し、最終的には無事に終わってハッピーエンドという展開が通常です。
ところが今日紹介する作品”Breaking bad(ブレイキングバッド)”はコンセプトがまるで違います。
この作品が描くのは人間の心です。全編を通すと刺激的なシーンに目を奪われがちですが、それ以上に惹きつけるのがキャラクターのセリフの重み。そもそも全米テレビシリーズの主人公というのは格好良い役が定番ですが、このテレビの主人公はどこにでもいるような中年のオジさんです。地道に仕事をしながら家族を養うという身近で普通のお父さんだったのですが、後にワルの相方となる男に巻き込まれる展開から、Breking Bad「ワルをやっちゃう」のタイトル通り悪いことしてお金稼ぎを始めることになります。主人公のウォルターとは対照的に相方ジェシー役の俳優はイケメンで、このテレビをきっかけに大ヒットして売れっ子俳優にのし上がりました。
ストーリー展開はさて置き、ウォルターは化学教師の仕事をしながら普段通り生活を続けて、悪い稼業のことは周囲に隠していたので、自然と家族に内緒で行動をする日が増えてきます。この日も最近生まれたばかりの赤ちゃんのためのオムツを買いに行くと言って出かけて、ジェシーと話し合うためにホームセンターではなく彼の家に向かいます。
ジェシーは最近出会った素敵な女性に溺れて、少し自暴自棄になっていました。もう稼業は辞めてその子と二人でアメリカを飛び出そうとすら考えていましたが、逆にウォルターはジェシーを説得して、二人の仲を引き離そうとします。ジェシーがダメ人間になっていく様を見ていられなかったからです。現実から逃げてラクして生きようとする選択に対し、真剣に向き合って喧嘩する勢いでドアを叩きます。
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ですが、彼の言葉は耳に届きませんでした。
ウォルターはジェシーと一緒に様々な困難を乗り越えて悪い稼業を重ねてきました。その過程で気がつけば自分の息子のように彼を思い、彼の将来まで案じるようになります。もちろん相方なしでは金稼ぎが続けられないという点も重要でしたが、代役を立てて穴埋めできることもできたため、行動を引き起こしたのは彼の気持ちからくるものが大きかったのでしょう。
説得が失敗に終わり真っ直ぐに帰りたくない心境だったウォルターは、一人で飲もうと近場のバーにふらっと立ち寄ります。
ここのシーンで登場するのが航空管制官の親父です。
バーカウンターで強めの酒を飲み家族やジェシーのことを考えていました。父親が内緒で外出する機会が増えて疑いを強くする家族と、それを犠牲にしてまで説得したいジェシーとの間で、何も出来ないウォルターの気持ちは限界に達していました。
誰にも話せないことで悩み、わかってもらえない状況だったからこそ、隣に座る見知らぬ親父と思わず意気投合してしまったのだと思います。
お互いに個人情報以外の内情を明かして段々と深い話になり、
家族を救いたいが何もできない、と嘆くウォルターに航空管制官役の親父が良いこと言います。
You can’t give up on family, Never. I mean, what else is there?
「君は決して家族を諦めきれない。そこに他に何がある?」
ウォルターは後にこの言葉を引用します。そのときは、
Never give up on family.
「家族のためには決して諦めるな。」
と、言い換えています。
このテレビに登場するのは、生身の人間であることが感じられる航空管制官。
彼もまた家族や人生のことで苦悩しながらも、航空管制官としてレーダー画面の前でパイロットに指示を出し続けます。仕事中は別のこと考えている暇などないのに、一人娘のことが気がかりで画面に映るレーダーターゲットに集中できません。
そうやって毎日のレーダー管制を担当する彼に突如、航空業界で働く者であれば決して目を背けてはいけない展開が訪れます。
と、これ以上は話してしまうと見る楽しさがなくなってしまいますので、ここまでにしておきます。
家族への愛はこの作品が全体を通して最も伝えたいテーマです。それを表現する一役として登場する航空管制官、それくらいの扱いが自然で僕は好きです。
管制官と言えば責任感、緊張感、達成感、やりがい…そんなことばっかり言うもんだから、華やかで格好良いと思われちゃうんです。ところが航空管制官だって普通の人間。
それがなんとか歯を食いしばって頑張ってるだけのことですよ、実際は。
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