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航空管制の視点で空飛ぶクルマの環境整備を探ってみた

飛行機雲

空飛ぶクルマに適用する新しい飛行方式制定の糸口

国は2023年に空飛ぶクルマの事業開始を掲げる空の移動革命に向けたロードマップを発表したが、その実現に向けては大きく分けて3つの課題を乗り越えなければならない。1つ目は移動の用に供する機材の技術面の課題、2つ目は需要に裏付けられたビジネスモデルの確立、そして3つ目は社会が受け入れられる次世代航空(エアモビリティ)のルール作りである。現在のところ、2023年の事業開始時点では無人飛行を想定していない。自動運転車のレベル3と同様にパイロットが介在する形から始まる計画のため、1つ目の技術面の課題についてはヒトが安全を担保しつつ改善を進めていけばよい。2つ目の事業モデルについては、自動車、ヘリコプター、プライベートジェット等の代替としての個人利用、救急医療搬送、離島や過疎地における生活交通等の公共利用に加え、発想に富んださらなるビジネスモデルイノベーションが期待されるところだ。

しかし、それらはあくまで事業開始前までに3つ目のルール作りに係る整備が間に合うことが前提となる。運航の土台作りこそが最優先かつ最難関であるにも関わらず、移動革命後の華やかな未来ばかりに焦点が当てられていることに警鐘を鳴らさねばならないと感じる。そこで、航空交通の安全管理方法を切り口に法整備のあり方を模索してみよう。

航空機(航空法二条1項:人が乗つて航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船その他政令で定める機器)は交通の利便性や効率性においては他のモビリティよりも優位である反面、安定性や確実性で劣る乗り物である。目的地までシームレスにほぼ直行できるが、大雨や強風といった悪天候になった途端、様々な飛行制限が加えられてしまう。事あるごとに航空機の大量欠航で足止めとなった旅客が空港で一夜を過ごすといった報道があるが、これこそ空飛ぶ乗り物が抱えるデメリットの象徴だろう。では、運航の遅延又は可否そのものに影響を及ぼす具体的な要素について考察する。

Visibility(視程距離)

航空法では有視界飛行方式(VFR)と計器飛行方式(IFR)の2種類の飛行方式が定められている。ひとまず、VFRはヘリコプターや遊覧飛行の小型飛行機、IFRは旅客機が行う飛行と大雑把に理解して頂くとして、これらの飛行方式は有視界気象状態(VMC)と計器気象状態(IMC)の区分により適用可能かどうかが決まる。気象状態という言葉からすると気候や天候の変化に結び付きそうなものだが、この飛行方式を決める大原則となる用語にはVisibility(視程距離)の数値にしか相関がない。視程距離とは人間の目でどれだけ先まで見通せるかの範囲のことである。空港周辺においては、5000m以上先まで見通せるのであればVFRによる飛行が許可されるが、5000m未満だとIFR以外の飛行は禁止される。空港やヘリポート付近にいる機会がよほど多い人でなければ、天候が悪い日にセスナやヘリコプターが上空を飛行している姿を見た記憶はないはずだ。

平成30年9月27日に厚生労働省が主催した救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会の資料によれば、日本航空医療学会が全国で集計したH28年度のドクターヘリの未出動事例は328,37件のうち7,716件あり、そのうち約半数が天候不良によるキャンセルとなっている。つまり、仮に空飛ぶクルマが現状のVFRと同じ定義で括られてしまうと欠航率は10%弱になるということだ。10回に1回は動けなくなる乗り物がどれだけの機会損失を生むかは想像に容易いだろう。かといって悪天候でも飛行が許可されるIFRを選択するには、常に管制官の指示を受け続ける必要がある。すなわち、旅客機が飛行するような高さの空域を飛行することになるのだが、ドクターヘリに限らず旅客機とは用途も性能も異なる運航形態のVFR機にとっては正にハードルが高すぎるのだ。

RVR(滑走路視距離)

IFRで着陸するには計器進入方式という公示されたルート、高度、速度に従って滑走路に向けて降下しなければならない。ヘリコプターが滑走路を使う必要あるのか、と疑問に思うかもしれないがIFRで着陸するとなれば滑走路を使わざるを得ない。単純な話、ヘリパッドとは平坦な舗装面の区画に円と真ん中にHの文字をマーキングしたものに過ぎない。夜間飛行用にそのマーキングに沿って灯火が置かれている場合もあるが、所詮はパイロットが視認してマニュアル操縦で着陸するための場所でしかない。それと比べて滑走路はただの長方形の区画だけではなく、ローカライザーという左右方向のアラインメントを補助する無線機器と、同様にグライドスロープという上下方向に正常な降下角度を示す装置が設置されている。それ以外にも、T-DMEという滑走路に接地するまでの距離を与える装置もあれば、人工衛星を使用した計器進入方式も利用できる。だからこそ、霧が立ち込めていてパイロットが着陸するまで一切外が見えない状況下でも、コックピットの計器が示すデータのみを頼りに安全な着陸が可能なのだ。

さて、前置きが長くなったがRVRは、Visibilityと同じくどれだけ先まで見通せるかの範囲のことを数値化したものであるが、Visibilityと異なるのは、RVRは日本語で滑走路視距離と表される通り滑走路の表面上における数値に限定されるということである。飛行機がいざ離陸しようと滑走路に入って機種を真っ直ぐに向けた瞬間、パイロットは何メートル先まで滑走路を認識できるか、それを数値で表したものがRVRである。普通の天気なら滑走路の末端まで当然よく見えるが、同じIMCでも特に天気が悪いときにはRVRが1000m以下になることもざらである。自動車を運転していて大雨でワイパーをぶんぶん動かさなければ前が見えないときを想像すれば、RVRの数値が低いことが安全を阻害する要因になることは明白だろう。離陸は出来たが着陸できませんでした、では元も子もないだろう。このRVRの値も飛行機の運航条件を左右する重要なファクターなのである。

今回は、空飛ぶクルマに適用するための新しい飛行方式制定の糸口としてVisibilityとRVRを解説した。次回は、風や乱気流が飛行機の運航にどのような影響を与えているかを考察しながら、空飛ぶクルマを実現するための法整備のあり方を探る。

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