管制塔

人の感情が防いだヘッドオン

地上管制席

ヘッドオンが何か分からない方もいると思いますので、少し説明します。

飛行機が通る全ての誘導路は一方通行に近い交互通行です。誘導路上で対面になってしまうと、曲がれる交差点がもうなければアウトです。飛行機は地上でバックするような設計にはなっていません。

この事態が発生してしまったら飛行機を牽引するトーイング車両を呼んで、対面のどちらか一方を曲がれる交差点まで引っ張って対面状態を解消しない限り、その道路は塞がれたままです。

ヘッドオン

主要な誘導路を塞がれれば、その管制官は片腕を奪われたも同然です。その後も押し寄せてくる飛行機の波に飲み込まれそうになります。

そんな大変なことになっていたであろうヘッドオンを、なぜ防ぐことができたのかを今からお話しします。

これは航空管制官の無線送信による音声での指示は確実でないから、全て文字でデータ送信されるべきだと考える方に異を唱えるメッセージでもあります。

出発機が混雑し始める夕暮れ時のことでした。

地上管制席を担当していた僕が気にしていたのは、最近道を間違える飛行機が発生しやすいとして注意が促されていたあの交差点。

形状が複雑なので夜になると見えづらくなり、管制官が指示した誘導路を間違えて道を外れるケースが何度も発生している場所でした。

いつもの通りに色んな場所から呼んでくる飛行機に指示をして順番つけて、一列に並べて次の管制官に渡す、という地上管制席の管制官にとっては難なくこなすシーンでしたがそこにもう一つ、例の道間違えが発生しやすいポイントを通過する飛行機だけは見逃さないようにしようと思って業務をこなしていました。

席に着いて30分くらい経った頃でした。例のポイントもケアしながら淡々と業務をこなし、夜のピーク時間帯に差し掛かったとき、

目の前でヘッドオンになる寸前の2機が目に飛び込んできました。

え、まさか!と思う意外な場所に落とし穴はあるものです。自分が曲がるように指示した誘導路の一つ手前の交差点を曲がりかけている飛行機を発見しました。いや、その瞬間は自分が勘違いしているだけで、その飛行機が道を間違えたのか自分の指示自体が間違っていたのか確証はありませんでした。

でも、そこを曲がられたらグッドタイミングで反対側から飛行機が来て、対面状態になることだけは確かでした。

改めて対面にいる飛行機の動きを確認しました。そっちは指示した通りにスムースに走行していました。

それ以上は考える余裕もなく、反射的に飛行機のコールサイン(フライト便名の無線通信での呼び名)を前置して、

「Hold position.(止まれ!)」

と道を間違えて曲がろうとするパイロットに指示をしました。

地上管制席混雑

(…止まってくれ。)と心で願いました。

飛行機は急には止まれません。これは速度の問題というよりも、指示を受けたパイロット(管制官との通信担当)が指示内容を理解して、隣にいる操縦担当のパイロットも共通の認識とならなければ、飛行機は止まるという動作に移れないからです。

いますぐ止まってくれれば何とかギリギリでヘッドオンは防げるけど、自分の経験上このタイミングで急に指示しても即座に対応できる訳がないことは分かっていました。

飛行機が止まることなく曲がっている角度を見てもう諦めはつきました。自分の責任でヘッドオンは起きました。

ここからは決められた手順ですが、対面になったと判断した場合は両方の飛行機に停止指示をして向かい合って止まった状態にさせることが第一です。なので対面の相手機にも停止指示をして、トーイング車両の状況が分かり次第、遅延がどれくらいになるか説明をしようと考えていました。

ところが、今まさに止まれと指示をしようと思ったその飛行機は、交差点に差し掛かってすでに止まっていました。

見慣れない位置に飛行機が停止していたので違和感すらありました。

指示した方は止まらなかったのに、指示してない方が止まっていたのです。

おそらくあの時、自分がとっさに言い放った「Hold position」の声を無線で聞いていた他のパイロットが、その声にのった感情から緊急性が高いことを理解し、自分が指示されたわけではないけど関連する可能性があると考え、航空管制官に言われるまでもなくその場に停止する判断を下していたのでしょう。

そういえばその声で管制室の中も静まり返っていました。緊急度が高いときに人が発する声は、それほど強く人の注意をひきます。

僕はその止まってくれていたパイロットに聞きました。

管制官; Confirm you can make left turn there. 「そこで左折できることを確認」

パイロット; Affirm.「イエス」

管制官がこれを聞いてくることもそのパイロットは分かっていたのでしょう。

自ら停止したパイロットは無線を聞きながら状況を理解し、自機の位置から見てまだ曲がれる余地があるからヘッドオンにはなっていないことも分かっていた。でも、この管制官が落ち着いてヘッドオンの唯一の解決策(自機が曲がれること)を発見したときに、この質問をしてくるはずだから何も言わずに待っていよう、そう思ってくれていた気がします。

ハイテク化が進む世の中で航空管制官がレトロな音声通信を使って何のためにいるのか、と問われればこういう緊急性が高い事例を防ぐためだと言えます。自動化はもちろん大歓迎です。実際に日本の航空管制システムにも日進月歩でどんどん良い技術が導入されています。一部のエリアではすでに音声通信ではなく文字を使ったデータ通信で指示内容を伝達しています。

ですが、航空管制官もパイロットも口を揃えて言います。

やっぱり緊急な時ほど声がいい、と。

目の前に積乱雲(CB)があってこのままじゃ突入するってときに、呑気に文字なんて打ってられません。

さらに返事も待ってられない。

確実性より即効性が重要だということです。

まだまだ声の時代は終わりそうにありません。

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